アドニスたちの庭にて

    “秋麗風籟”

 
街なかで不意に、

「…瀬那?」

ちょこっと遠慮がちながら、名指しで声をかけられて。
え?っと振り返ったら、そこには知った顔がいた。

「あ、久し振りだねvv こっちに戻ってたんだね。」

セナの方が覚えてないかもと危惧しての及び腰だったらしい青年は、
にっこりと微笑った彼の言いようから、
そんな恐れは要らなかったことを伝えてもらって。
何とはなく、ホッとしたように笑い返した。
線が細いところが何とはなくセナに似た雰囲気の、
いかにも大人しそうな青年であり、

「うん。あのね、向こうの大学に入学出来たんだ。」
「え? うわ凄い。頑張ったねぇ。」

遅くなっちゃったけどおめでとうと、お祝いの言葉をくれるセナへ、
面映げに肩を縮こませた彼は、

「講義の手続きとか学校に近い下宿探すのとかで、
 ばたばたしてたのがやっと落ち着いたんで。
 お世話になった方へのご挨拶にって帰ってたんだ。」

そんな風に近況を手短に語ると、
どこか…感慨深そうに視線を和ませて、

 「セナに逢えてよかった。」

しみじみとそんな言いようをする。
「え? え? どうして?///////
何だか大仰な言われようだと、本人にも通じたか、
あわわと慌てるセナへ、

「だって、
 お兄様…タカシちゃんが僕にも内緒で
 何でアメリカに行くって一人で決めたのかとか、
 教えてくれたじゃない。」
「いやあのそれは…。」

後になって、差し出がましかったかなって思ったのに。
うん、僕もタカシちゃんから聞きたかった。
えと……………。
あ、ごめんごめん。嘘だってば。

「あの頃はもう、毎日が憂鬱で憂鬱で。タカシちゃんとも喧嘩ばっかしてて。
 セナからホントのことを聞かなきゃ、僕、どうなってたか判らない。」

あんまり時間がないのか、にっこり笑ってじゃあと手を振った彼へ向け、
「あっ、あのっ。」
限られた在日で忙しいのだろう相手へ、引き留めも出来ずで。
それでも。

 「ボク、メアド変えてないからっ!」

雑踏の中、少し離れかかった背中へ向けて、
大きく呼びかけ、手を振るセナへ。
相手の青年はびっくりしたように振り向くと…

  ――― うん、うんと、何度も。

口元を手で押さえつつも頷いて見せた。

 「…あ、すみません。進さん。」

名残り惜しそうにいつまでも、彼の消えた人込みを眺めてた小さなセナ。
特に急っついた訳でもなかったのに、はっとすると慌てて振り返って来て、
色々と説明をし始める。

  ―― あのあの、さっきの子は、
      白騎士学園に高等部まで通ってた子で。

お兄様がアメリカの大学に入学したの、追っかけてったんですよね。
凄いですよねぇ。
外国で一人暮らしなんて僕には出来ませんもの。
あ、でも大学に受かったのなら、そのお兄様と同居してるのかな。
今さっき聞けばよかったかな。
ほんのちょっぴり、再会の興奮に目元を潤ませていて。
いや………、これは違うなと、

 「………。」
 「あ…すみません。」

差し出したハンカチに、大きな瞳をなお大きくし。
その弾みで、最初の一粒がポロリ、
頬へと零れる。

 「あれ?」

何でだろ。嬉しかったのに。
変ですよね、ボク。ごめんなさい。
わたわたと慌て出さないように、
そおと肩を抱き寄せての舗道の端っこに寄りながら、

 「謝ることじゃあない。」

セナは優しい子だから、それで。
さっきの子が今は幸せなのが、自分のことみたいに思えたんだろう。
秋の陽を浴びてふかふかになっていた髪をぽふぽふと撫でてやれば、
思った内の全部を語った訳じゃあない、相変わらずのずぼらな進へ、

 「…はい。」

言われなかった部分までを、
ちゃんと拾い上げてのことだろう。

  ―― アリガトゴザイマス

小さな声で、そうと言い。
含羞むように口元を歪めてしまい。
ますますのこと、涙が止まらなくなったらしいセナだったりし。

 “だって、お兄様は…進さんはいつだって優しいから。///////

一回生の前期だってのにさっそく赤点取ってしまった講義があって。
補習というか、再挑戦出来る条件があるにはあったけど、
すっごく分厚くてしかも文語体の、
そりゃあ古い参考文献を読んでのレポート提出って代物で。

『こんなの読み解いてたら、ボク、大学卒業しちゃいますよう。』

到底手に負えないと泣き言を言い出したセナへ、
何にも言わないまま、でも、あのね?
夏休み中、一緒に図書館にも通ってくれた。
朝早い練習のすぐ後で、疲れておいでだろうに、
毎日、セナの二倍も辞書を引いて下さったし、
教授の先生に“提出を夏休み明けにしてやってくれませんか”と
掛け合って下さったのも進さんだって、あとから判って。

 「…?」
 「何でもありません。///////

引き留めましたね、ごめんなさい。
映画が始まってしまうから、急ぎましょうねと。
やっと微笑ってくれた愛しい子へ、
大きなお兄様もまた、柔らかく微笑い返して。

威勢は弱いが照らしたものを皆 金色に染め上げる、
それはそれは透き通った秋の陽の中。
かあいらしい恋人たちを、やはり優しく照らしてくれていたそうですよ。





 「ところで、小早川。」
 「はい。」
 「“めあど”というのは何だ?」
 「はい?」




  〜Fine〜  07.10.15.


  *お久し振りの“アドニス”です。
   そっとしといてあげたい二人ですが、近況報告ということで。
   冒頭からいきなり出て来た男の子は、
   覚えておいででしょうか、
   セナくんが他人ごとじゃないという勢いで同情しちゃってたお友達で。
   どうやら、彼のお兄様を追っかけてアメリカの学校へ進学したらしいです。
   セナくんの方は、花嫁修業をそろそろ始めないと、
   お料理にお洗濯、お掃除だけじゃあない、
   ご近所付き合いのノウハウや家計のやりくりのコツと、
   お勉強のネタは山ほどありますぞ?

    「いえあの、そんなっ。花嫁修業だなんてっ。///////
    「…。(頷)」
    「あわわっ。///////

    蛭「今のはどういう同意だ?
      セナちびには通じてたようだがさっぱり判らん。」
    高「身ひとつでお嫁においでと♪」
    桜「おお♪」
    蛭「こんのむっつりが。」
    桜「ちなみに、ヨウイチも身ひとつで来ていいからね?」
    蛭「…何の話だ。///////
    高「いやなら早く手を打たないと。
      アメリカのお従兄弟さんへも連絡取ってるみたいですし。」
    蛭「…っ☆ ルイと連絡取ったってっ!? ///////

   またそういう偏った話題に走る。
(苦笑)


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